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2005年06月15日(金)  メキシコ・入国編

ありがとうアメリカ

昨晩リビングで何気なくNHK衛星放送を見ていたら「カリフォルニア北部でマグニチュード7」の地震があったというニュースが流れていた。幸運にも地震の被害も津波の被害も全くなかったという事なのだが、もし当初の予定通りにビーチ沿いのキャンプ場に泊まっていたら。不幸にも津波の被害に遭っていたら…一体どうなっていたであろうか。人生に「たら」「れば」はないのだが、考えるだけでも恐ろしい。メキシコ入国を前に一層気が引き締まる思いである。

6日目のサンディエゴは生憎今日も曇り空だが、だからといってもう少しも驚きはしない。ただほんの少し運が悪いだけなのだ。いつもより少し早めに起きさっそく出発の準備に取り掛かる。9時頃、ヒロコさんがわざわざ僕等を訪ねてきてくれ、サキちゃんが焼いてくれたという「パンプキンパイ」を食べながらお互いに別れの言葉を交わした。そして出発予定の10時がやってきた。鍵を渡す約束をしていたアランと共に、今回僕等の為にこの豪邸を惜しみなく提供してくれた松永さんご本人もわざわざやってきてくれた。見ず知らずの2人の為にこうまでしてくれ、本当に何とお礼を言っていいのか分からない。ただただ、ありがとうございます。そしてヒロコさん滞在中本当にいろいろとお世話になりました。心からお礼を申し上げます。また日本かココでお会いしましょうね。10時過ぎ松永さん・ヒロコさん・アランの3人に見送られながらサンディエゴを後にする。

メキシコとの国境までの道中、横目で湾内に停泊する太平洋艦隊を眺めながらのツーリングとなった。それにしてもサンディエゴの街並みというのはすこぶる綺麗だ。なんというか街並みが、これまで見たアメリカのどの街よりも上品なのだ。眼下に壮大な太平洋岸のビーチが延々と広がるという地理的条件も確かに理由の一つとしてはある。だがココはそれだけではない。街中に広がる木々の緑、そして立ち並ぶ上品な家々。それら全てのバランスが非常に高いレベルで整っているのである。今まで自分の中での「住んでみたい街ランキング 第1位」は長い間バンクーバー(カナダ)だったのだが、今ではサンディエゴがダントツの1位となった。天候に恵まれずサンディエゴの見所は全く見ていないにも関わらずである。数日前あまりに天気が悪すぎた為、サンディエゴでもっと延泊する事も考えた。確かにあと何泊か延泊すれば、いずれは太平洋に沈む抜群の夕陽を眺める事も出来るだろう。しかし将来またココへ戻って来る為の「言い訳」としてココの夕陽は取っておく事にした。思えばアメリカの2ヶ月余りの滞在中、本当にいろいろと楽しい思い出ばかりだった様な気がする。その締めくくりとしてここサンディエゴを訪問する事ができ心の底から良かったと思う。ありがとうアメリカ。

こんにちはメキシコ


やっと辿り着いたバンヘルシート
サンディエゴからメキシコの国境までは約1時間。車の流れに身を任せず慎重に進み、まずは国境アメリカ側サンイシドロにある「税関」「出入国管理局」へと向かう。本来ならば国境アメリカ側では「出入国管理局」へ行き、パスポートに付いたままの緑色の「アメリカ出入国カード」を返納するだけでよいのだが…。4月の陸路アメリカ入国時、税関職員が誤ってカルネ(バイクの一時輸入許可書)へ入国スタンプを押してしまったので、今回のアメリカ出国時にもカルネに出国スタンプをもらわなければならないのだ。メキシコ入国ゲート直前でハイウェイをUターンし、その辺にいた係員に場所を聞こうと思い事情を説明すると「輸出入の手続きはここの国境ではできないよ。オートメサまで行きなさい。」との返事が。仕方ないので何もせずその国境を後にし、東へ10マイル(16km)程行った所にあるもう一つの国境オートメサへと向かった。たった10マイルの距離だったが散々迷ったせいでオートメサに到着するまで1時間もかかってしまった。時計は既にお昼12時前を指している。未だ何も終わっていないのだが。

さて国境アメリカ側オートメサにある「税関」。メキシコ入国ゲート向かって右手に目指す「税関」はあった。さながら運送会社の配送センターの様である。それらしい窓口にいき「カルネ」を差し出す。「こんな書類見たことないですけど…」係員は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。そしてすぐに奥へと引っ込んでいった。まぁ係員の反応は当然だ。なんせ今「カルネ」はアメリカでは使えない事になっているのだから。が、この「カルネ」に出国スタンプをもらわずにアメリカを出国してしまうと後々面倒な事になる。ここの係員が「カルネ」を見た事あろうがなかろうが今の2人には関係ないのだ。ここの係員には可愛そうだが、しっかりと手続きだけはしてもらわねばこっちが困るのだ。恨むならカナダアメリカ国境の税関職員を恨んでくれ。後ろにできつつある行列をものともせず、係員が帰ってくるのをひたすら待つ。5分後奥の方から2〜3人の

ティファナの街並み
同僚を引き連れて係員は帰ってきた。ああでもないこうでもないとみんなで相談しながらカルネの扱いを考えている。そして10分後、ようやくカルネには無事出国のスタンプが押された。ようやくバイクの「出国」が終わり、その後「出入国管理局」で「出入国カード」を返納し、無事に全てのアメリカ側手続きは終了。さて次はメキシコ側手続きが待っている。

バイクで国境メキシコ側オートメサへと入り「出入国管理局」へと赴く。ゲートをくぐった瞬間、国が変わるのは当然だがその雰囲気も180°がらっと変わってしまった。あたりはマシンガンを持った兵士達が物々しく警備網を敷いている。よく見ると1台のカリフォルニアナンバーの車をみんなで取り囲み何かを調べている。素人目に見てもその調べ方は尋常ではない。ボンネットを開けエンジンルームを念入りに調べていたかと思えば、後部座席も外して分解しているのかと思うぐらいあちこち調べている。周りにはたくさんの報道陣と思われるカメラマン達。なんなんだこれは、何か出てくるのか。2人ともその光景を見ていない振りをしてマシンガン脇を通り抜け「出入国管理局」へ。所定の入国カードに記入し近くの銀行で入国税1人$20(約2100円)を支払い手続きはスムーズに終了。メキシコでの滞在可能期間も最大の180日間を与えてくれた。ありがとう。さて最後はメキシコ側でのバイクの一時輸入手続きである。只今時計の針は14時30分。

国境メキシコ側オートメサ「出入国管理局」周辺で「税関」の場所を聞き込みしていると、とんでもない事が判明した。ここ国境メキシコ側オートメサではバイクの一時輸入手続きができないのだという。なんとも非効率な。しっかりしてくれ。結局

ティファナの目抜き通り
最初に行った10マイル西にある国境まで戻らなければならなくなった…。この辺りの詳細な地図もなく、スペイン語も全く分からずこれまた散々迷ったが途中英語の話せる地元のアミーゴに助けられ1時間後、国境メキシコ側ティファナ「税関」へ到着。窓口に「パスポート」「バイクの登録証書」を出すと手馴れた手つきでペルミソ(バイクの一時輸入許可書/カルネの様なもの)を作成してくれた。ペルミソ作成代金は1人$30(約3150円)。支払いは基本的に本人名義のクレジットカード払いしかダメらしく、クレジットカードを持ってきていない美奈はデポジットとしてペルミソ作成代金とは別に$400(約42000円)を支払った。はぁ…これでようやく全ての手続きが終了した。時計は既に17時を指していた。

すぐさまティファナの中心地まで行きホテルを探す。目抜き通り「レボルシオン通り」沿いには多くの土産物屋が立ち並びかなり賑やかである。やはりここでも思いがけず多くのアミーゴ達が手助けしてくれ適当なホテルはすぐに見つかった。2人ともいろんな手続きで疲れきっていただけに本当にありがたい事だ。今日1日だけで一体何人のアミーゴに助けてもらったか分からない。今日だけでこの国を判断するのはかなり危険なのだが、メキシコの第一印象はかなり良い。メキシコ入国前にあれだけ心配していた美奈も楽しそうにアミーゴたちと話しているのを見てさらに安心した。いいぞメキシコ。

国境超え情報
出国 オートメサ(アメリカ)
入国 ティファナ(メキシコ)
出国側費用
人間 無料
バイク 無料
入国側費用
人間 入国税 1人20米ドル
バイク ペルミソ 1台30米ドル
※アメリカ側の出国は通常はサンイシドロにて行う。
※ペルミソは通常クレジットカード払いのみ。現金でも支払可能だが、その場合は年式に応じて別途現金のデポジットが必要。(200米ドル〜400米ドル)。これは後日メキシコ出国時に返却してもらえる。

※20米ドル=約2200円
※30米ドル=約3300円

美奈子日記

朝9時前に裕子さんが私達を訪ねてきてくださいました。さきちゃんが焼いてくれたパンプキンパイを食べながらチェックアウトの10時までの時間を過ごします。10時を過ぎた頃、鍵をお返しする約束をしていたアランと一緒に今回私達にこの豪邸を提供してくださった松永さんご本人がわざわざいらしてくださり、初めてお会いできて直接お礼を言うことができました。松永さん、アラン、そして裕子さんに見送られていよいよ出発です。ここでは皆さんに本当によくしていただきました。走り出してからしばらくはこみ上げてくる涙を噛み殺していました。うれし涙なのか悲し涙なのかは自分でもよくわかりません。
1時間くらい走りいよいよメキシコとの国境がみえてきました。このすぐ先はもうティファナです。しかしその前に私達にはバイク持ち出しの手続きがあります。国境の手前でUターンレーンに入りすぐ手前にあった税関に行こうとしていると、そこに立っていた係の人に止められました。「ここではできないよ。オートメサに行かないと。」とのこと。オートメサって?それさえもわからずとりあえず彼に教えてもらった道順で走ること15分。税関らしい建物は一向に見えてきません。途中地図で確認するとオートメサにも国境があることがわかりました。とにかく税関はその国境の傍にあるだろうからと国境を探して走ります。ふと気がつくといつの間にかトラック専用の国境越えレーンにのってしまっていた私達。トラックの運ちゃん達も驚いた顔でこっちみています、「ねぇ、これって違うよね?・・・」それからしばらく道を戻って、その辺りにいたおばさんに道を聞いてやっとの思いでアメリカ税関にたどり着いたのです。税関でも一騒ぎ。裏から4〜5人の係員が出てきて、カルネを前によってたかって「こんな書類みたの初めてだよ。」「とにかくこことここにサインすればいいのね?」と手惑い、私達の後ろで待つ人たちをイラつかせます。なんとかカルネの書類にスタンプをもらい、次に私たち自身の出国手続きを済ませてほっと一安心。よし、いよいよメキシコだ。


街角にある タコスの屋台
バイクでアメリカとメキシコの国境を越えます。ゲートをくぐるとそこには銃口をこちらに向けてライフルをかまえる軍人さん達が。話しには聞いていたけどやっぱり実際銃を向けられると結構迫力あります。しかも凄い目つきでこっちを睨み続ける。「笑いかけたらどうなるんだろう。」などと不謹慎なことを考えながら横を通りすぎました。英語を話す人もいて、入国手続きと両替までは意外とスムーズでした。残すはバイクの持ち込み許可だけです。英語とカタコトのスペイン語(というか単語のみ)を組み合わせてどうやら「BANJERCITO」というところで手続きができることがわかりました。

これがメキシコの公道デビューです。入った途端いきなり埃っぽくて、即座にヘルメットのシールドを下ろします。道は車で溢れかえっているし、道はよくわからないし。りょう君もさすがに言葉が通じないとあっては少し弱気です。そんな中言葉が通じないのを承知で通り行く人に道を聞いてまわったのは意外にも私でした。自分でも驚いたのですが、意外とこういう時って女の人の方が強くなるのかもしれません。

「バイクの持込の手続きはティファナの方でしかできないよ。」やっとたどり着いた所の係員は言います。「・・・。」ティファナとは私達が最初に越えようとした国境の街です。「え?また戻ると・・・?」みんなとても親切に道を教えてくれるのですが、やはり所詮は見知らぬ土地、手探り状態で道を進んでいきます。途中、渋滞で車が列を作っている中をお菓子や首飾りを売って歩く子供、松葉杖をつきながら車の窓ガラスを拭いてはお金をもらおうとする片足のない青年。疲れもあってかだんだん気分が沈んできました。やっとたどり着いた2度目の正直の「BANJERCITO」でも一苦労。窓口の人が英語を話さなかったので隣の係員に助けてもらいながらの手続きです。手続きが終わり帰ろうとする私達に「彼の名前を漢字に

タコス 1個100円 ばりうま!
してやってくれないか?」とその通訳の人が話しかけてきました。彼の名前はロベルト、空腹で疲れきった私達あたったのが不運でした、「呂部留闘」と我ながら意味が分からず全くセンスがない。。。でも紙に書いて渡すと彼はとても満足そう。そんなこんなで「あぁやっと終わった〜」と駐車場で時計をみるともう17時過ぎ。お昼もまだなのでお腹もすくはずです。すぐそこにあったマックに後ろ髪を引かれながらもまずは宿探しから。ガイドブックで目ぼしい安宿をみつけてからダウンタウンへ向かいます。

部屋の空きと駐車場の確認をしてくるからと一人で行ってしまったりょう君。一人ここティファナの目抜き通り「レボリューション」に残された私の周りには徐々に人が集まってきて、しまいには5、6人のおじちゃんに囲まれてしまいました。みんな私達のバイクに興味津津です。英語とスペイン語と時にへんな日本語で話しかけてきます。でもいつかもあったような疲れすぎてナチュラルハイ気味の私には怖いものはありません。さらにスペイン語という単語さえも全くわからないような世界に入ってきたせいで、たまに通じる自分の英語にすごく自信が持てるんです。人に話しかける時には「英語はできるか?」なんて偉そうな私、お前はできるのかって自分でつっこみたくなります(笑)。彼らとコミュニケーションをとることが本当に楽しくて。メキシコの人は本当に人間がいいです。親切で純粋な感じがして、笑顔がなんだか懐かしい気持ちにさせるんです。メキシコ好きです。

移動区間 サンディエゴ → ティファナ
走行距離 85km(計7534km)
宿泊 Hotel Leyva