テキーラ発祥の地
昨日から降り始めた雨は今朝になってようやく降り止んだものの、相変わらずどんよりとした空は今にも泣き出しそうな表情である。昨日雨で濡れた影響でまだ完全に乾ききっていないジーンズ・靴からは少し生臭いニオイがし、出発の気分を鈍らせている。テピックの街を出発し、しばらく走行すると昨日からの雨雲はどこかへ消え、燦燦と降り注ぐ太陽が生乾きのジーンズを早くも乾燥させてくれた。太陽様様である。
今日の目的地グアダラハラの手前50kmの所に「テキーラ」という街があり、そこでゆっくりと休憩をとる事にする。ここ「テキーラ」はその名の通りメキシコの酒「テキーラ」発祥の地である。街の周りにはテキーラの原料になる「アガベ」というイガイガした植物の畑が延々と広がっており、その光景はさながらハワイのパイナップル畑の様である。このアガベという植物

テキーラの原料 アガベ
この根っこを蒸すそうです |
の付け根を蒸す事からテキーラ造りは始まるのだという。村の中にはテキーラの工場があり見学する事も可能な様なのだが、バイクで来ていると試飲する事ができないのでとりあえず今日は諦めた。テキーラのお店で良い感じのショットグラスを見つけたので2つ購入したが2個で40ペソ(約400円)と格安だった。
テキーラの街を後にし昼過ぎには今日の目的地グアダラハラへと到着。グアダラハラはメキシコ第2の都市であり、その人口はなんと165万人もいるという。かなりデカイではないか。バイクで街中へと入って行くも案の定、一方通行やらなんやらで道が良く分からない。途中何度も路肩で地図をチェックしなんとか今日の宿へとたどり着くことができた。今日が土曜日のせいだろうか、街中はたくさんの人々で溢れかえっており、かなりゴミゴミとした印象を受ける。宿に荷物を置いた後、早速近くにある「自由市場」という巨大市場を見て回った。市場の中は生鮮食品、日用品、民芸品などフロアが分かれていてその数たるや物凄いの一言に尽きる。お世辞にも決して清潔な感じはしないのだが、そのゴミゴミとした雰囲気が帰って庶民の雰囲気を醸し出しているのだ。その自由市場の2階は庶民の台所となっていて、かなりの数の食堂が集まっている。人がたくさん入っていそうなお店を見つけて入ってみた。俺は「エビチリ定食」の様なもの、美奈は「海鮮スープ」の様なものを注文し、どちらも少し辛かったが、味はかなり美味かった。明日もまた来よう。

メキシコではコーヒーを注文
すればコレが出てきます
勘弁して欲しい… |
最近はロスカボスで出会ったトメからもらった文庫本を読むことが専ら夜の楽しみになっています。「中島らも」ってこれまで読んだことなかったのですが面白いですね、好きです。昨夜ももう寝なきゃ寝なきゃと思いつつもなかなか本を閉じる決心がつかずにダラダラと。
一晩中降り続いた雨もなんとか止んだみたいで今日はグアダラハラを目指します。その前に朝食を食べようと宿の隣のレストランに行く事に。各々ホットケーキとコーヒーを注文し待つことしばし、マグカップの淵ぎりぎりまで並々と注がれたお湯とスプーンそれに日本ではうちにも常備していたネスカフェのインスタントコーヒーの瓶が運ばれてきました。「え〜・・・」と目が点の私、彼は「おー来たー!これガイドブックでみたみた。」と少し嬉しそう。コーヒーの味なんてよくわからない私達、せめて裏でこっそり作ってきてくれたらわからなかったのにねと言いながらコーヒーの味を調整します。でもこれに10ペソ(100円)は高い!
今にも雨が落ちてきそうな天気の中距離を稼ぎます。それにしてもバハからこっちに来てずいぶん暑さがやわらいだような気がします。久しぶりに一人で熱唱しながら気持ちよく走ることができ200キロあまりが「え?もう着いた?」とあっという間でした。
メキシコ人ドライバーに一言。「クラクション鳴らしすぎ!うるさい!ちゃんとウインカーを出せ!追い越す時は面倒がらずに車線変更しろ!」
とにかく運転マナーは最悪です。
| 移動区間 |
テピック → グアダラハラ |
| 走行距離 |
238km(計10579km) |
| 宿泊 |
Hotel San Jorge |
| 2005年07月03日(日) |
メキシコ・グアダラハラ編 |
グアダラハラ
ここグアダラハラはメキシコシティに次ぐメキシコ第2の都市としてだけでなく、メキシコ民族音楽の代表マリアッチ誕生の地であり、3大壁画家の1人クレメンテ・オロスコの生まれ故郷としても知られている。街の中心部には「オスピシオ・カバーニャス」なる世界文化遺産もあり、歴史と文化を誇るメキシコきっての大都市である。
世界文化遺産 オスピシオ・カバーニャス

オスピシオ・カバーニャス |
今朝は昨日も訪れた「自由市場」へと行き軽めの朝食を取った後、早速グアダラハラ観光を開始した。ここはかなりの大都市であるにも関わらず、観光で回るところと言えば全て歩いて行ける距離におさまっている。まずは宿の近くにある「オスピシオ・カバーニャス」へ。ここは1810年にカバーニャス伯爵により新古典主義の様式で建てられ、1980年まで病院施設をもつ孤児院として実際に機能していたという。グアダラハラ出身の巨匠オロスコが描いた「スペインのメキシコ侵略」と総称される50以上の巨大な壁画や天井画群がある事で有名で、1997年には建造物全体がユネスコの世界文化遺産に登録されたのだ。今日は日曜日という事もあり内部は多くの観光客で賑わっていた。オロスコという人物自体全く知らなかったのだが、壁画群がとにかく凄いという事だけは分かった。
ハリスコ州庁舎
その後多くの人々で賑わいを見せるタパティア広場を抜けてソカロ(街の中心となる広場)の向かいにある「ハリスコ州庁

立ち上がる僧侶 イダルゴ
彼はメキシコの英雄 |
舎」へと向かった。ここは17世紀に建てられた威圧的な外観をもつ建造物で、メキシコ独立の父イダルゴ神父はこの建物で奴隷解放宣言をしたのだ。ご存知の通りメキシコは今から約500年前の1521年、スペインの植民地となった。その後の約300年間は不遇の植民地時代が続いていたのだが、1810年にこのイダルゴ神父が立ち上がりメキシコ独立戦争の火ぶたを切ってみせたのだ。彼はメキシコの英雄である。このハリスコ州庁舎内部は巨匠オロスコによって、そのイダルゴ神父を題材とした壁画がいくつも描かれている。中でも中央階段上部に描かれている「立ち上がる僧侶イダルゴ」は壮大で見るものを圧倒する迫力があった。
州庁舎の後はすぐ傍にある「カテドラル」へ。ここは1561年から60年の歳月をかけて建てられ、当時の植民地予算の3分の1が費やされた大教会である。2つの塔が並んだデザインもとても美しい。僕等が訪問したのは日曜日でちょうど教会内部では礼拝が行われていた。なんだか荘厳な雰囲気である。
今日は日曜日という事もあり、カテドラルとハリスコ州庁舎に面してある「アルマス広場」は多くの人々で賑わっている。どこかの楽団がやってきて広場の中心で演奏をしていたりもする。人がごちゃごちゃいてすごく賑やかな雰囲気である。今日は昼間から人ごみの中をあちこち歩いて観光し結構疲れてきたので、宿の近くの屋台でホットドックを買い、その後は部屋でゆっくりと過ごした。
夜中ふと目が覚めました。部屋の窓ガラスが割れそうなくらい音をたててガタガタ揺れています。台風でもきたかのような激しい風雨でした。そして30秒に1回くらいの頻度で空がピカーッと光り部屋の中を明るく照らします。なんだか不気味でそれからしばらく寝付けずにいました。朝起きると空はどんよりと曇っています。日曜日はここグアダラハラの観光施設の

街の中心部にあるカテドラル |
入場料が無料になるということで今日は観光の日にあてていました。青い空でないと写真が綺麗に撮れないといって残念がる彼を、これくらいの天気の方が外を歩きやすくていいよと励ましながら宿を出ます。まずは昨日も行った市場で朝食にバナナジュースを飲み、世界遺産に登録されている歴史的建造物、州庁舎、劇場、教会と回っていきます。
私はこれまでヨーロッパへ行ったことがありません。なぜか魅力を感じないのです。そしてその理由の一つにヨーロッパの見所によくあるゴシック様式だのビサンチン様式だのといった私にとってはどれも似たような歴史的建造物に興味がわかないということがあげられます。今回も正直少し退屈な思いでいたのですが、2つ目に行った州庁舎でみたイダルゴの壁画には圧倒されました。私自身絵心はないしそれに関する知識も全くないのですが、とにかく物凄いエネルギーを感じるような絵に軽い衝撃を受け、人が次々に通り過ぎていく中を立ち尽くしてずーっと絵に見入っていました。
その後通りを散歩して歩いたのですが、さすがは観光地だけあって人が多い。例によってここにもアジア人は全くおらず、このへんの人達にとって私達はそんなに珍しいのかすれ違う人々の視線が凄く痛い。「それ見すぎじゃない?」って言ってやりたくなるくらいに、一時も目を離さずにジーっと凝視してきます。最初は目を合わせて微笑んだりしていた私もだんだん疲れてきてその内極力目を合わさないようにして歩くようになっていました。彼が言うには、天神でマサイ族が歩きよったらみんな見るやろ?それと一緒。ってなんか違う気がするけど・・・。
| 移動区間 |
無し |
| 走行距離 |
0km(計10579km) |
| 宿泊 |
Hotel San Jorge |
| 2005年07月04日(月) |
メキシコ・グアダラハラ編 |
月曜日だけど日曜日…
長い旅路、たまにはこんな日も必要である。朝9時起床。顔を洗い、洋服を着替えて朝食を食べに外出する。泊まっている宿のすぐ傍に、タコス屋台がありそこで朝食をとることにした。メキシコで気軽に楽しまれているタコスの屋台は、お店により具や味が全然違う。トルティーヤの上にのるメインとなる具は「牛肉」か「魚」である事が多いのだが、牛肉ひとつとってみても、それを焼いているのか煮込んで味付けをしているのか様々である。また煮込んでいる場合はさっぱり味なのかこってり味なのか、はたまたピリ辛なのか、甘辛なのか。これはもう個人の好みの問題だが、僕は個人的には肉を焼いて甘辛く味付けをしたものがタコスには良く合うと思っている。甘辛いといってもその甘さは鯛の煮付けの様な感じではなく

自由市場 かなりゴミゴミした
雰囲気が庶民を感じさせます |
、ちょうど焼肉のタレを髣髴とさせる丁度良い甘さである。またメインの具が「魚」の場合にはフィッシュ&チップスの様にカラッと揚げている場合が多いのだが、残念ながら未だ美味しいフィッシュタコスに出会った事はない。このメインの具の上に、テーブル上に置いてある様々な「具」や「ソース」をのせてタコスは完成する。テーブル上に置いてある「具」もまたお店により特徴があり、良く目にするものと言えば、微塵切りにした「玉葱」「トマト」「香草(種類不明)」「キャベツ」等で、上にかけるソースは大体「サルサメヒカーナ」と言う青唐辛子・玉葱・トマトから作られたピリッとした辛さのソースが一般的である。アボガドをミキサーしたソースを置いているお店も多い。
今朝行ったタコス屋ではメインの具として「焼いて甘辛く味付けされた肉」があり、その上に玉葱・トマト・香草をのせ、さらに赤くて辛いソースをたっぷりかけて一気にほうばった。少し辛かったが、かなり美味い。しかもこれで1個5ペソ(約50円)という破格の安さである。その後宿へと戻り、ベッドでうとうとするうちにまた寝てしまった。気がつくともう昼の14時であった。何にもしてなくとも一丁前にお腹は空いてきたので、近くのパン屋で買ったドーナツを食べる。日本のものに比べてダイナミックな甘さである。これはお腹にもたれる。その後部屋でホームページをちょこちょこ弄っているとまた眠たくなってきたので昼寝。気がつくともう夕方の18時になっていた。よくもまぁこんなに眠れるものだと我ながら感心する。夜は「自由市場」に行き「エビチリ定食」の様なものを食べた。エビチリは辛くてコクがあり美味いのだが、いかんせんお米がまずい。それにしても今日は一日本当に何にもしていない。しかし、長い旅路、たまにはこんな日も必要である。
昨夜何気なくテレビをつけたら映画をやっていました。ロードムービーのようだな〜と思ってボーッとみていたら岡山にいた頃にビデオを借りて観た事のある映画だということがわかりました。「あ、これメキシコが舞台だったんだ!」と2人で懐かしさと親しみを感じながら本腰を入れて観ることにしたのですがいつの間にかテレビもつけっぱなしで寝ていました。
朝食は宿の近くのタコス屋台に出かけました。最近だんだん物価が安くなっているように思います。朝食は2人で10ペソ(100円)で済んだし、今の宿はちゃんとお湯も出て快適なわりに1泊1部屋180ペソ(1800円)です。アメリカで1泊5000〜6000円も払っていた頃がバカみたいで同時に懐かしく思えます。今日は2人で決めた日曜日です。旅をしていると半ば強制的に観光をしたりしがちなので、今日は一日何もせずにいようと決めていました。外に出たのは食事をとるためとその帰りにブラブラ散歩するくらいであとはずっと宿で本を読んで過ごしました。おかげでトメからもらった6冊の内5冊を読み終えてしまった私。最後の1冊はもう少しお預けにしようと思います。もったいないもったいない。
| 移動区間 |
無し |
| 走行距離 |
0km(計10579km) |
| 宿泊 |
Hotel San Jorge |