
▼ こんにちは!この度は当ホームページにお越し頂きありがとうございます!
このホームページはバイクによる「世界一周旅行記」を中心としているサイトです。福岡県出身の
「夫婦」がヤマハのセロー2台に跨り2005年04月カナダのバンクーバーをスタート地点とし約2年間の予定で世界1周ツーリングへと出発します。(世界一周旅のルートは
「コチラ」)
旅行中の日常にて感じた事、起こった出来事等を旅先のインターネットカフェより
「日記」としてリアルタイムに更新していきます。また旅先にてデジカメで撮り貯めた風景・人物等の
「写真」も随時掲載していきます。どうぞお楽しみに!
2人への激励や応援メッセージは
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▼ ―1996年 春
福岡の大学に通っていた僕は当時大学4年生で「勉強」と「ラクロス」に明け暮れる毎日が続いていました。
同時に大学4年生とは「就職活動」の時期でもあり、自分の将来を真剣に考える時期でもありました。
少しずつ自分の将来進むべき道を模索していたのですが、次第にいろんな違和感も覚えていきました。
大人になるにつれて気づかされる「夢」と「現実」とのギャップ。
当時僕なりにいろいろと悩みましたがやはり自分の気持ちに正直にと大学を休学し、かねてから希望
していたオーストラリアに渡る事にしました。(お父さんお母さんありがとう)
結果としてこの時の渡豪により、今回の旅に出るイメージを強く抱く様になったのです。
▼ オフロードバイクでオーストラリアを旅して周り、本当に毎日がいろんな「出会い」と「驚き」の連続でした。エアーズロックに代表される様な広大なアウトバック、どこまでも透き通る神秘的な青い海、英国調に統一された綺麗な街並み。それら全てが21才の僕の心に染み入り、自分自身変わっていくのが面白い様に分かったのです。
時には欧州から来た奴らと共に焚き火を囲み、時には満点の星空の下ひとり野宿し。いろんな人々との出会いは僕に「優しさ」を分け与えてくれました。僕は人生においてかけがえの無い、たくさんの「出会い」と「感動」を得る事ができ、興奮冷めやらぬうちに日本へと帰国しました。
▼ 日本帰国後、本当に運良く希望の旅行会社に入社でき、それからは暫くの間努力の日々が続きます。入社して暫く経つと仕事も面白くなり、そしてまた暫く経つと社内での責任あるポストにも就くことができ、ここでもかけがえの無い経験を得る事ができました。そんな安定した日常を自らの意思で大きく変える事は、僕が予想していた以上に大きなエネルギーが必要でした。
▼ ―1999年 春
福岡の大学を卒業し、旅行会社に就職した私の配属先は岡山県。
九州の女性は地元志向が強いと聞いたことがありますが、私も例外ではありません。泣く泣く家族や友人との別れを決意し、住み慣れた福岡を離れ単身岡山へ。
▼ そしてその岡山で私は彼と出会いました。彼は会社の一年先輩で、私と同 じ福岡出身。岡山でも社会人でもド素人の私にとって彼は心強い存在でした。入社したての私は仕事で気になることがあると心配で眠れなくなり、彼の都合などおかまいなしに遅い時間に相談(気休めともいう)の電話をしてました。(彼に言わせるとかなり迷惑だったらしいのですが(*_*;)。
さあ、ありがちな社内恋愛の始まりです。
▼ その年の夏、彼が自分の夢を聞かせてくれました。そして「一緒に行かん?」と言いました。
ビビッときました。「この人にとってこれはもう夢なんかじゃなく現実なんだ」と。
小心者で(基本は)保守的の割には、考えなしに突っ走るようなところもある私です。
「世界一周なんてすご〜い、行きたい!!」即答でした。
▼ ―2003年 秋
2人はオーストラリア・
パースにてめでたく結婚しました。
▼ ―2004年 秋
「え〜っ!仕事辞めると〜?」
「え〜っ!世界一周?しかも夫婦で?」
「じゃあ、日本に帰って来てどうすると?」
▼ それまで7年間勤めていた旅行会社を退職し、翌年3月からの出発準備に追われていた僕達はこの質問をよく受けます。もちろん将来への不安が全くないと言えば嘘になります。
▼ 僕達は「自分らしい人生」というのは本当に人それぞれだと思っています。明るく楽しく生きるという選択肢もあり、一生不満を漏らしながら生きるという選択肢もあります。どの様な人生を過ごすのかは、その人生を歩む本人の自由なのです。
一番大切なことは、自分で「それ」を選ぶこと。
自分らしい人生を自分のペースでゆっくりと歩んでいく。
そんなライフスタイルが僕達の理想です。